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   自宅の小さな庭での、植物や小動物、虫たちの営みや、日々の生活のあれこれを、徒然に書いてみたいと思います。

東日本大震災から2年。

 あの、恐ろしい大地震と津波の恐怖から、早いもので2年経ちました。

あの日、私は石巻の実家にいて、近くの避難所に、親と一緒に駆け込んで無事でしたが、
あと、ほんの少し、高い津波が来ていたら、私達も命はありませんでした。
2階建ての避難所の、2階の窓のすぐ下まで、水は迫っていました。
あの日、窓から見た、街が津波に流されていく景色は、忘れることが出来ません。

親には「最悪の場合は、泳いで逃げよう。お互い最期の瞬間まで最善を尽くそうね。」
と話していました。

その夜、避難所のラジオで聞いた「仙台市の荒浜で、200人の遺体が発見されました。」
という放送は、今も耳に残っています。
大変なことが起こっていて、被害は甚大で、だから、ここには助けは来ないと
悟った、絶望の瞬間。

津波の水が引かなくて、逃げることもできず、
食べ物も飲み物もなく、寒さに震えながらの3日間。
寒くて、怖くて、眠れなくて、長かった夜。

旦那が、瓦礫と水をかき分けて歩いて助けに来てくれて、瓦礫をよけながら逃げて、
妹の家で、温かいカップ麺を頂いたときの美味しさは、一生忘れられません。

横になって眠れることの幸せを、あんなに心から感じたことも、初めてでした。


あの津波で、たくさんの親戚や友達、実家の近くに住んでいた幼なじみや、
親友のお母さんも、なくなってしまいました・・。




私の実家のすぐ近くで撮られた画像を見つけました。
この動画には、地震、津波などの衝撃的な映像が含まれています。
精神的なストレスを感じる可能性もありますので、ご注意ください

あの日どんなことが起こっていたかを伝えるために載せていますが、
私も、今見ても胸がバクバクします。耐えられないと思う方は見ないでください。

あの日、すぐ近くの避難所の窓から、この景色を、何も出来ずに、ただ呆然と見つめていました。
これで、人生が終わるんだと思いました。



実家も、故郷も、人々も、すべて、一瞬のうちに・・・。
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(津波の後の実家の内部。瓦礫とヘドロの山になっています。)

文明も文化も、科学の力も、高い防波堤も、自然の脅威は、すべて、
あっという間に飲み込んでしまいます。

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(私の車。500mくらい流されてメチャメチャの状態。乗ってたら生きてなかったでしょう。)


人間の力も、自然にはかなわないのだということを思い知らされました。



↓ これは地元のFMで、繰り返しかけられている曲です。聞くたびに涙がこぼれます。

熊谷 育美  「雲の遥か」



いつ何が起こるかわからない現代。
何が起こっても、どうするべきか自分の頭で考えて、
周りの状況を良く見て、すぐに行動すること。
それが、これからの時代、必要になってくると思います。

自分に起こるまでは、まさか、と思うものです。
でも、その「マサカ」が、いつ自分に降りかからないとも限りません。

用意していても、間に合わないこともあります。
でも、何があっても、決してあきらめずに、その時の状況の中で
最良の選択を、自分で決めて、行動すること。

それを、いつも忘れないようにしたいと思います。



今日FMでかけられた曲。サビの歌詞が心に沁みました。

中島みゆき 「誕生」




東日本大震災で、被害にあわれた方々の生活が、少しでも良くなっていきますように。

そして、なくなられた、たくさんの方々のご冥福をお祈りします。




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14時46分、みんなと一緒に黙とうしました。

ゆーさんにとっては、まだ2年なんですよね。
普通の生活を送れることに感謝して
今日一日を過ごしてます。

復興と、まだ行方不明の方が一日も早く
家族の元に戻れること願っています。
もねのかぎしっぽ | URL | 2013/03/11/Mon 16:24 [編集]
もねのかぎしっぽさんへ
こんにちは。
コメントありがとうございます。

私も14時46分、黙とうしました。
あの日を偲んで下さって感謝します。

そうですね。あの日の記憶も、その前のことも
昨日のことのように思い出されます。
震災当時は、悲しくて、思い出したり話したり
するのがツラい時もありましたが、2年経った
今は、その時のことを、落ち着いて話せるように
なりました。時間薬とは本当ですね。

今年は復興が少しでも進んで、人々が町を見て悲しく
ならないように、風景が変わってくれたらいいなと思います。
そして、まだ見つかっていない人々が、早く見つかることを
祈りたいと思います。

いつもありがとうございます。(^^)

 ゆー | URL | 2013/03/11/Mon 17:43 [編集]
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| | 2013/03/11/Mon 19:04 [編集]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
| | 2013/03/11/Mon 22:03 [編集]
本当に痛ましいことだったと思います。夕食の時テレビを一人見ていて
まだまだ復興が進んでいないことを改めて感じました。
職員が足りず、いろんな所から派遣で職員を募集しているなど
でもそれもまだまだだと。
私には何も出来ないけれど、被害に遭われた方のことを思うと
ちゃんと生きよう、時間を大切にしようと日々思います。
新聞では、震災に遭った子供たちがなんとか野球を出来るように
なったとか、テニスをするには、まだグランドが柔らかすぎるなど
読んだりすると、日々スポーツが出来ることにも感謝しながら
取り組むべきだなあと感じます。
ブルームローズ | URL | 2013/03/11/Mon 22:06 [編集]
鍵コメさんへ
おはようございます。
コメントありがとうございます。

忘れずに心を寄せて下さることに
感謝します。
復興は2年経っても実感できるものに
なってはいませんが、人々の思いで、
今後少しずつでも、進んで行って
くれることを信じています。

私も自分に出来ることをしながら
前を向いて生きていこうと思います。

いつもありがとうございます。(^^)/
 ゆー | URL | 2013/03/12/Tue 07:50 [編集]
鍵コメさんへ
おはようございます。
コメントありがとうございます。

松島基地のブルーインパルスは
そちらでお世話になっていたのですね。
4月に戻ってくるということを
私もニュースで見て知りました。
松島基地の近くの道路は、私もよく
実家に帰るときに通った道でした。
ブルーインパルスが空で並んで
練習している所や、基地に降りてくる
所をよく見ましたよ。
あの光景がまた帰ってくると思うと
嬉しいです。

いつもありがとうございます。(^^)/
 ゆー | URL | 2013/03/12/Tue 07:58 [編集]
ブルームローズさんへ
おはようございます。
コメントありがとうございます。

そうですね。復興は頑張ってくれてる人も
いると思うのですが、現実にはなかなか
進んでいなくて、景色はあの日のまま、
復興工事も、災害復興住宅の建設も
遅れています。仮設住宅の人々も、
2年が経つことで、将来に不安を感じる
人も多く、明日への希望が持てずに、
ストレスがたまり、なくなる人も
増えています。
目に見える復興が、今年は進んで
くれることを心から祈りたいと思います。

いつもありがとうございます。(^^)/
 ゆー | URL | 2013/03/12/Tue 08:02 [編集]
ゆーさん、おはようございます。

2年前のあの日、出かける準備をしていて大きな長い揺れを感じました。
これはただ事ではないとラジオをかけても音楽が流れるだけで状況の把握がなかなかできないでいました。

ゆーさん、ごめんなさい。。。言葉が見つかりません。。。

1日でも早い復興を願います。

ご冥福をお祈りいたします。。。

ゆーさんに出会えた事に感謝しています。ありがとう(^^)


ゆきんこ | URL | 2013/03/12/Tue 09:41 [編集]
ゆきんこさんへ
こんにちは。
コメントありがとうございます。

あの大きな地震はみんな大変でしたね。
今年は復興が少しでも進んでくれたらと思います。

人々の記憶に残ることは、みんなが防災意識
を持っていくうえでも重要なことかなと思います。
どんな風に地震の後に津波が来て、どういう
ことになるのか、どうやって自分や家族の身を
守るのか、どこに逃げるか、普段からそれを
考えておくことで、いざという時に
対処できるのかなとも思います。

そういう意味でも、発信していくことは
大切なことかなと私自身感じています。

いつもありがとうございます。(^^♪
 ゆー | URL | 2013/03/12/Tue 09:59 [編集]
あっという間の2年でしたね。
ゆーさんは石巻であの惨状を目の当たりにしたのですね・・・
あの時の恐怖、不安は計り知れないものがあります。
あの日の夜、情報が少ない中、荒浜のニュースが何度も
ラジオから聞こえてきてました。はっきり覚えています。
私も子供の頃叔母が石巻にいたので
夏休みはひとりで仙石線で叔母の家に行き夏休みが終わるまで
過ごしていました。
震災の数日前も用事で石巻にいました。

大事なものを失った喪失感は一生消えることはありませんが
少しでも安心して暮らせるようになってほしいと思います。

kumi | URL | 2013/03/15/Fri 10:26 [編集]
kumi さんへ
こんにちは。
初めまして。
コメントありがとうございます。

あっという間ですね~。というか、
この2年は、長かったような
短かったような、不思議な感じです。

kumiさんも、大変な思いをされましたね。
あの日は、金曜の午後だったから、
旦那さんはお仕事、お子さんも学校でしょうか。
無事かどうか分かるまで、気が気では
なかったですよね。

ラジオの荒浜のニュースも衝撃的でしたね。
もう日本が、人生が終わったかと思いました。
石巻も度々いらしていたのですか。
あの震災で、すっかり景色が変わってしまいました。
地震も津波も、その後の出来事も、本当に怖かったですよね。

あの記憶は、いつまで経っても抱えたまま生きていくのかな
とは思いますが、少しでも早く、震災を思い出して悲しい
気持ちにならないように、復興と、災害公営住宅の建設が
今年こそ進んでくれたらいいなと思います。
 ゆー | URL | 2013/03/15/Fri 17:24 [編集]
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