自宅の小さな庭での、植物や小動物、虫たちの営みや、日々の生活のあれこれを、徒然に書いてみたいと思います。

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九州北部豪雨災害
九州北部豪雨災害で大変な被害が出て、今なお行方不明の方々の安否が分からない状況に、心が痛みます。
これ以上被害が出ないように、1日も早く災害が収束する事を祈ります。


近年は、毎年のように日本のあちこちで自然災害が起こっていて、いつどこで、どんなことが起きてもおかしくないんだなと、自分自身、覚悟すると共に、いくら防災していても自然の脅威にはかなわないのかという無力感に打ちのめされる思いがします。

それでも、どんなことがあっても命ある限り、人間は生きていかなければなりません。

今は突然のことで、心配が山積みで、日々生きていくのが大変だと思いますが、出来るだけ体調に気をつけて生き延びて頂きたいと思います。

生き延びてさえいれば、少しずつ状況は変わります。

過去や未来は、一旦、置いておいて、今の事だけ考えて生きる事が重要かもしれません。

辛いことも多いと思いますが、1日1日を積み重ねて、一歩ずつ進んでいきましょう。

私も、震災にあって応援頂いた1人として、感謝の気持ちをお返し出来ればと思いますが、混乱している今は、現地の迷惑にならないよう、落ち着いてから、自分に出来る事をしたいと思います。


この災害でなくなられた方のご冥福をお祈りすると共に、少しでも早く行方不明の方々がみつかり、これ以上被害が出ないこと、1日も早く生活が取り戻せるように、心から祈ります。

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あれから5年が経ちました。

 あれから、5年経ちました。あっという間の5年・・・。
あの日のことは、何年経っても、昨日のことのように思い出されます。
この先、どんなに月日が経っても、同じように思い出されることでしょう。

実家があった場所は、当時は瓦礫がいっぱいでグレーの景色が広がっていたのが、今は、
撤去されて瓦礫はなくなったのですが、更地になって、家がたくさんあった場所が、今は
そこに雑草が生える景色が広がって、ガランとして、それはそれで悲しい風景だなと思います。
これから、かさ上げ工事が始まったら、少し変わるでしょうか、今はまだ、そんな感じです。

港の前に作られる予定の防潮堤も、まだまだ工事は進んでいません。
いつ、出来上がるのか、分からない感じです。
政府は、5年が経ったから、震災復興はだいぶ進んでいると言っていて、
現地を見て知らない人は、たぶん、だいぶ進んだだろうと思われていると
思いますが、震災後、復興作業に入るのに1年以上かかったのもあり、
思うように進んでいないのが現状です。

また、今まだ仮設住宅に入居している人も、たくさんいます。
震災直後47万人だった避難者は、2月現在で17万人、そのうち約6万人は
今まだ、仮設住宅に暮らしています。仮設住宅での生活は厳しいものだと思います。
少しでも早く、すべての人が、仮設住宅から出て、災害公営住宅に
入居出来るようになることを願っています。

私の両親は、去年、石巻の災害公営住宅に入居しました。
それまで石巻から離れたアパートに暮らしていて、慣れない気候で
体調を崩しがちで、夜も眠れなくて、睡眠導入剤が欠かせなかったそうなのですが、
故郷に戻ったら、安心したのか、よく眠れるようになり、睡眠導入剤は飲まなくなったそうです。
旦那の母も、今年の6月に石巻の災害公営住宅に入居することが決まっています。
やっぱり慣れた土地が良いのでしょう。お正月に、その場所に一緒に行って来たのですが
何だか嬉しそうでした。これでようやく、落ち着いてリスタート出来る感じかなと思いました。


この5年、人それぞれ、色々なことがあったと思います。
様々な思いもあったでしょう。
これからも私は、この地の姿を見守り続けていきたいと思います。

東日本大震災でなくなられた方は1万5千人を超え、
行方不明の方は、まだ2,561人もいるそうです。
なくなられた方々のご冥福をお祈りします。

そして、生きている私たちは、一日一日を大事に、丁寧に、暮らしていきたいと思います。






鎮魂
 東日本大震災から今日で4年目。
あれから丸4年も過ぎたのですね~・・・。

なんだかブログも更新しないまま、時が過ぎて行っていました。

4年経っても、親たちは、待っている復興住宅が建ってなくて、
仮設のアパート暮らしで日々の生活を送っています。
正直、こんなに時間がかかるとは思ってもいませんでした・・・。
日々元気にふるまっているけれど、高齢の親たちにとっては、
内心ヤキモキして辛い暮らしでしょう。
今年中に完成して入れるようになればいいのですが・・。

宮城県知事が、復興に時間がかかっていて、5年では終わらないので
もう少し期間を延ばしてほしいと政府に陳情に行ったそうなのですが、
国からはハッキリとした答えは言えないと返されたそうです。

テレビでは、復興の資金は使うものがなくて政府に返されていると
報道されてて、復興はすでに終わっているかのように放送されていますが、
実際には、資材の高騰と人件費の高騰によって、建設業者が国の提示する
金額で工事を引き受けられず、断念して工事が進んでいないだけで、
復興は、ちょっとづつ進んできてはいるけれど、全体的には、
まだまだ、という感じです。

私は、というと、ここ数日、体調を崩して寝込んでいました。
今年は、布団の中での黙とうとなりそうです・・・。

先日、東京から震災関連の行事で被災地に来たテレビの人が
東京では、もう全く報道されなくなって、復興は既にほとんど
終わっているのかなと思っていたが、現地に来てみると、
まったく思っていたのと違っていて、ビックリした、という内容の
ことを言っていて、温度差があるなあ~と思っていました。

そしたら、ここ数日、東京方面のテレビ局が、それまでスッカリ忘れ去られたかのように、
全然、震災の「し」の字もなかったのに、震災の日が近づいてきたら、急に、震災関連の
放送を流し始めたのを見て、何だか、すごくガッカリな気分になりました。
何だかドッと疲れたなあ~・・・。
お涙ちょうだいって感じのテレビ番組を作ることしか考えてないような、
視聴率重視だけのような放送を見るにつけ、嫌~な感じがして、テレビを
見る気もしなくなりました。
まあ、愚痴ってみても何も変わらないし、だれが悪いわけでもないのですが・・・、ね。

それとは関係ないんだけど、ここ数日、私はひどい風邪にかかって、
高熱と悪寒と下痢にうなされる日々が続いてました。
いや~、久々にヤバかった・・・。


今日、朝起きてみると、雪が積もってました・・・。 しばらく暖かい日が続いたんだけどな。
そういえば、震災の日の地震の後も吹雪だったな~。 
だけど、震災のあった日の真夜中は、晴れて、星がとても綺麗だったんだって。
これまで見たことないくらい、怖いくらい綺麗な星空を、そして、次の日の美し過ぎる朝焼けを、
忘れられないって旦那が言ってた。

その時、私は、被災地で助けを待って、寒さに震えて眠れぬ夜を過ごしてて。
大きな余震が何度もあったし、流された車や人を見るのが怖ろしくて、外も見れなくて、
だいたい、自分自身、もう終わりかもと覚悟してたし、夜空を見あげる余裕はなかったな~。 

毎年、今日のこの日は、お花を上げに行ったりしていたのだけど、今年はうちで、
お布団の中で過ごすことになりそうです・・。
その前に、ブログをアップしなければ。・・・ということで、久しぶりの更新となりました。
昨日までは、体調悪すぎて、ブログのアップも無理かなと思っていたのですが、
何とか更新できました。 体調良くないから、というのもあって、悲観的だったり、
後ろ向きな内容になってたら、ごめんなさい。


あの日、東日本大震災で、お亡くなりになった、たくさんの方々のご冥福を、心から、お祈りします。
どうか、今は、安らかな気持ちでいられていますように。
そして、被害に遭われたすべての方に、今日も心を痛められているすべての方々が、
少しでも早く、安心して、健やかな気持ちで暮らせるようになりますように。
祈りたいと思います。










20年も経つのですね・・。
 阪神淡路大震災から、今日で、20年・・・。

当時、テレビのニュースで見て知って、恐ろしいことが起こったと、
ショックを受けたのを覚えています。
あれから20年も経つのですね・・・。

あの震災を体験された方々は、どんなに恐ろしい思いをされたことでしょう。
何年経っても、恐ろしい思いは、変わらずに胸に刻まれたままだと思います。
だけれども、その思いを胸に、復興を遂げ続けている街と、人々を見ていると、
こちらまで励まされる思いがします。

思いは人それぞれ、色々で、今も大変な中で生きていらっしゃる方々もあると思いますが、
一人一人が、穏やかな平和な気持ちで日々を暮らして行けるように、祈りたいと思います。

私も、震災の記憶を忘れずに、自分に与えられた日々を、感謝して、大切に生きて行きたいです。

あの震災で、なくなった方々のご冥福を、お祈りします。





震災から3年。
 3月11日。
今日で、あの震災から3年が経ったことになります。
3年経つのが、早かったような、長かったような、正直、良く分からない感じです。
でも、あの日のことは、そして、その後の数日間の事は、今でも鮮明に覚えています。

大震災でなくなられた、たくさんの方々の、ご冥福をお祈りします。
そして、未だ、行方不明の方々が、一日も早く、ご遺族の元に戻れることを祈念します。


日本中、世界中の皆さんの、色々な応援に、感謝します。

あの日の事を、毎年ブログでお知らせすることで、記事を読んで、辛い記憶を
思い出して、嫌な思いをさせることがあったら申し訳ないとは思うのですが、
災害は、今後いつどこで起こるか分からないし、あの日、被災地にいた自分が、
経験したことを伝えることで、何かあった時に、思い出してくれて、少しでも
自分の命を救う方向に進んでほしいと思う気持ちもあって、書き続けて行こうと
決めました。


私が、一番伝えたいことは、海が近くにあって大きな地震があったら、少しでも高い場所に、
すぐに逃げること

平地で、周りに高い場所がなかったとしても、諦めないで、すぐ近くの、比較的がっちりした
2階建て以上の高い所へ逃げること。 家の2階でも助かる人はいます。

そして、病気で薬が欠かせない人は、を持って逃げること。
うちの母は、薬がないとお腹に穴が開く病気なのに、自宅に忘れてしまって大変でした・・。

また、海が見えない場所でも、ここまで来ないだろうと思っても、津波が到達する場合があります。
山の近くでも、小さな沢を伝って、津波は来ました。そして、海に流されました。

とにかく、すぐに逃げて下さい。
そして、何が起こっても、決して最後まで諦めないで、自分のいる状況を把握して、
その時、その状況で、最善と自分が信じた行動を、すばやく取ることです。


お金より財産より車より、命が、一番大事です。 自分の一番大切な、を守って下さい。


そして、今のうちに、家族と、もしもの災害が起こった時に、どう行動するか、どこに逃げるか
それぞれ別の場所にいたとしても、どこで落ち合うか話し合ってみて下さい。
出来れば、避難所などは、色んなルートから歩いてみて、何分かかるかなど確認した方が
いいと思います。 災害時は、電気も携帯電話も使えないことがほとんどです
どうやって連絡を取るかは、平常時に考えて、家族で確認しておいた方がいいと思います。




この先は津波の記事となります。




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まとめ
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