自宅の小さな庭での、植物や小動物、虫たちの営みや、日々の生活のあれこれを、徒然に書いてみたいと思います。

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あれから5年が経ちました。

 あれから、5年経ちました。あっという間の5年・・・。
あの日のことは、何年経っても、昨日のことのように思い出されます。
この先、どんなに月日が経っても、同じように思い出されることでしょう。

実家があった場所は、当時は瓦礫がいっぱいでグレーの景色が広がっていたのが、今は、
撤去されて瓦礫はなくなったのですが、更地になって、家がたくさんあった場所が、今は
そこに雑草が生える景色が広がって、ガランとして、それはそれで悲しい風景だなと思います。
これから、かさ上げ工事が始まったら、少し変わるでしょうか、今はまだ、そんな感じです。

港の前に作られる予定の防潮堤も、まだまだ工事は進んでいません。
いつ、出来上がるのか、分からない感じです。
政府は、5年が経ったから、震災復興はだいぶ進んでいると言っていて、
現地を見て知らない人は、たぶん、だいぶ進んだだろうと思われていると
思いますが、震災後、復興作業に入るのに1年以上かかったのもあり、
思うように進んでいないのが現状です。

また、今まだ仮設住宅に入居している人も、たくさんいます。
震災直後47万人だった避難者は、2月現在で17万人、そのうち約6万人は
今まだ、仮設住宅に暮らしています。仮設住宅での生活は厳しいものだと思います。
少しでも早く、すべての人が、仮設住宅から出て、災害公営住宅に
入居出来るようになることを願っています。

私の両親は、去年、石巻の災害公営住宅に入居しました。
それまで石巻から離れたアパートに暮らしていて、慣れない気候で
体調を崩しがちで、夜も眠れなくて、睡眠導入剤が欠かせなかったそうなのですが、
故郷に戻ったら、安心したのか、よく眠れるようになり、睡眠導入剤は飲まなくなったそうです。
旦那の母も、今年の6月に石巻の災害公営住宅に入居することが決まっています。
やっぱり慣れた土地が良いのでしょう。お正月に、その場所に一緒に行って来たのですが
何だか嬉しそうでした。これでようやく、落ち着いてリスタート出来る感じかなと思いました。


この5年、人それぞれ、色々なことがあったと思います。
様々な思いもあったでしょう。
これからも私は、この地の姿を見守り続けていきたいと思います。

東日本大震災でなくなられた方は1万5千人を超え、
行方不明の方は、まだ2,561人もいるそうです。
なくなられた方々のご冥福をお祈りします。

そして、生きている私たちは、一日一日を大事に、丁寧に、暮らしていきたいと思います。





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鎮魂
 東日本大震災から今日で4年目。
あれから丸4年も過ぎたのですね~・・・。

なんだかブログも更新しないまま、時が過ぎて行っていました。

4年経っても、親たちは、待っている復興住宅が建ってなくて、
仮設のアパート暮らしで日々の生活を送っています。
正直、こんなに時間がかかるとは思ってもいませんでした・・・。
日々元気にふるまっているけれど、高齢の親たちにとっては、
内心ヤキモキして辛い暮らしでしょう。
今年中に完成して入れるようになればいいのですが・・。

宮城県知事が、復興に時間がかかっていて、5年では終わらないので
もう少し期間を延ばしてほしいと政府に陳情に行ったそうなのですが、
国からはハッキリとした答えは言えないと返されたそうです。

テレビでは、復興の資金は使うものがなくて政府に返されていると
報道されてて、復興はすでに終わっているかのように放送されていますが、
実際には、資材の高騰と人件費の高騰によって、建設業者が国の提示する
金額で工事を引き受けられず、断念して工事が進んでいないだけで、
復興は、ちょっとづつ進んできてはいるけれど、全体的には、
まだまだ、という感じです。

私は、というと、ここ数日、体調を崩して寝込んでいました。
今年は、布団の中での黙とうとなりそうです・・・。

先日、東京から震災関連の行事で被災地に来たテレビの人が
東京では、もう全く報道されなくなって、復興は既にほとんど
終わっているのかなと思っていたが、現地に来てみると、
まったく思っていたのと違っていて、ビックリした、という内容の
ことを言っていて、温度差があるなあ~と思っていました。

そしたら、ここ数日、東京方面のテレビ局が、それまでスッカリ忘れ去られたかのように、
全然、震災の「し」の字もなかったのに、震災の日が近づいてきたら、急に、震災関連の
放送を流し始めたのを見て、何だか、すごくガッカリな気分になりました。
何だかドッと疲れたなあ~・・・。
お涙ちょうだいって感じのテレビ番組を作ることしか考えてないような、
視聴率重視だけのような放送を見るにつけ、嫌~な感じがして、テレビを
見る気もしなくなりました。
まあ、愚痴ってみても何も変わらないし、だれが悪いわけでもないのですが・・・、ね。

それとは関係ないんだけど、ここ数日、私はひどい風邪にかかって、
高熱と悪寒と下痢にうなされる日々が続いてました。
いや~、久々にヤバかった・・・。


今日、朝起きてみると、雪が積もってました・・・。 しばらく暖かい日が続いたんだけどな。
そういえば、震災の日の地震の後も吹雪だったな~。 
だけど、震災のあった日の真夜中は、晴れて、星がとても綺麗だったんだって。
これまで見たことないくらい、怖いくらい綺麗な星空を、そして、次の日の美し過ぎる朝焼けを、
忘れられないって旦那が言ってた。

その時、私は、被災地で助けを待って、寒さに震えて眠れぬ夜を過ごしてて。
大きな余震が何度もあったし、流された車や人を見るのが怖ろしくて、外も見れなくて、
だいたい、自分自身、もう終わりかもと覚悟してたし、夜空を見あげる余裕はなかったな~。 

毎年、今日のこの日は、お花を上げに行ったりしていたのだけど、今年はうちで、
お布団の中で過ごすことになりそうです・・。
その前に、ブログをアップしなければ。・・・ということで、久しぶりの更新となりました。
昨日までは、体調悪すぎて、ブログのアップも無理かなと思っていたのですが、
何とか更新できました。 体調良くないから、というのもあって、悲観的だったり、
後ろ向きな内容になってたら、ごめんなさい。


あの日、東日本大震災で、お亡くなりになった、たくさんの方々のご冥福を、心から、お祈りします。
どうか、今は、安らかな気持ちでいられていますように。
そして、被害に遭われたすべての方に、今日も心を痛められているすべての方々が、
少しでも早く、安心して、健やかな気持ちで暮らせるようになりますように。
祈りたいと思います。










20年も経つのですね・・。
 阪神淡路大震災から、今日で、20年・・・。

当時、テレビのニュースで見て知って、恐ろしいことが起こったと、
ショックを受けたのを覚えています。
あれから20年も経つのですね・・・。

あの震災を体験された方々は、どんなに恐ろしい思いをされたことでしょう。
何年経っても、恐ろしい思いは、変わらずに胸に刻まれたままだと思います。
だけれども、その思いを胸に、復興を遂げ続けている街と、人々を見ていると、
こちらまで励まされる思いがします。

思いは人それぞれ、色々で、今も大変な中で生きていらっしゃる方々もあると思いますが、
一人一人が、穏やかな平和な気持ちで日々を暮らして行けるように、祈りたいと思います。

私も、震災の記憶を忘れずに、自分に与えられた日々を、感謝して、大切に生きて行きたいです。

あの震災で、なくなった方々のご冥福を、お祈りします。





震災から3年。
 3月11日。
今日で、あの震災から3年が経ったことになります。
3年経つのが、早かったような、長かったような、正直、良く分からない感じです。
でも、あの日のことは、そして、その後の数日間の事は、今でも鮮明に覚えています。

大震災でなくなられた、たくさんの方々の、ご冥福をお祈りします。
そして、未だ、行方不明の方々が、一日も早く、ご遺族の元に戻れることを祈念します。


日本中、世界中の皆さんの、色々な応援に、感謝します。

あの日の事を、毎年ブログでお知らせすることで、記事を読んで、辛い記憶を
思い出して、嫌な思いをさせることがあったら申し訳ないとは思うのですが、
災害は、今後いつどこで起こるか分からないし、あの日、被災地にいた自分が、
経験したことを伝えることで、何かあった時に、思い出してくれて、少しでも
自分の命を救う方向に進んでほしいと思う気持ちもあって、書き続けて行こうと
決めました。


私が、一番伝えたいことは、海が近くにあって大きな地震があったら、少しでも高い場所に、
すぐに逃げること

平地で、周りに高い場所がなかったとしても、諦めないで、すぐ近くの、比較的がっちりした
2階建て以上の高い所へ逃げること。 家の2階でも助かる人はいます。

そして、病気で薬が欠かせない人は、を持って逃げること。
うちの母は、薬がないとお腹に穴が開く病気なのに、自宅に忘れてしまって大変でした・・。

また、海が見えない場所でも、ここまで来ないだろうと思っても、津波が到達する場合があります。
山の近くでも、小さな沢を伝って、津波は来ました。そして、海に流されました。

とにかく、すぐに逃げて下さい。
そして、何が起こっても、決して最後まで諦めないで、自分のいる状況を把握して、
その時、その状況で、最善と自分が信じた行動を、すばやく取ることです。


お金より財産より車より、命が、一番大事です。 自分の一番大切な、を守って下さい。


そして、今のうちに、家族と、もしもの災害が起こった時に、どう行動するか、どこに逃げるか
それぞれ別の場所にいたとしても、どこで落ち合うか話し合ってみて下さい。
出来れば、避難所などは、色んなルートから歩いてみて、何分かかるかなど確認した方が
いいと思います。 災害時は、電気も携帯電話も使えないことがほとんどです
どうやって連絡を取るかは、平常時に考えて、家族で確認しておいた方がいいと思います。




この先は津波の記事となります。




続きを読む

明日で、3年。
 しばらく、また、ご無沙汰しておりました。
季節の変わり目によるものか、ちょっと体調を崩しがちで・・。

でも、ここ数日は、だんだんと回復して来て、昨日あたりは天候も良くって、
ポカポカ暖かかったので、久しぶりに、石巻方面に出かけて来ました。

昨日は、本当は、午後から雪が降る予報でしたが、実際は、そんなに風もなく
真っ青な青空で、暖かくて、本当に、春のようなお天気でした。

私が、震災でなくなった親戚に、お線香上げに、石巻に行く時には、いつも、こんな良い天気。
どんな時も身近にいて見守ってくれているような気が、いつもします。

旦那と一緒に、被災地のあちこちに行って、手を合わせてきました。



ここは、石巻の、うちの実家があった場所。 津波で全壊して、今は、さら地になっています。
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あの日、地震のあった時間、私は、お葬式に出るため里帰りしていて、母と一緒に、ここにいました。
母と近所の避難所に逃げて、避難所から見えた家は、2階のすぐ下まで水に浸かっていました。

今は、ご近所の家もなくなって、以前の風景とは全く変わってしまったけど、実家の壁の色や形、
庭の木や草花、部屋の中や、リビングの絨毯の感触まで、まだ、鮮明に覚えています。





お天気が良かったので、少し足を延ばして、女川方面へも行って来ました。
高台の、慰霊碑のある場所で、町のあった場所に向かって、手を合わせました。
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津波で倒れたビルは、まだ、そのままになっていました。
どれだけものすごい津波だったか、分かるでしょうか・・。
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ここは私のイトコが住んでいた町で、震災前には、港のすぐそばの食堂に、うに丼を食べに来たり、
ちょくちょく訪れていたのですが、町も、イトコも、まるごと津波に持って行かれてしまいました。
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家やお店がビッチリ立ち並んでいた場所でしたが、すっぽり消えています。
町の記憶は残っているのですが、どこがどの通りだったのか分からない程、変わってしまいました。




北上町にも行ってきました。 川沿いの道路です。 堤防の工事をしていました。
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ニュースで復興事業の着工は6割を超えると報道されていましたが、あまり進んでいる感じは
ありません。
不思議に思って旦那に聞いてみると、着工とは工事を始めたということなのだそうです。
手は付けたけど始まったばかりで完成していないものが3年経ってもたくさんあるということです。
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でも、ニュースを見た人は、復興は進んでいると、全然出来ていないのに、もう大丈夫と思う人も
いるのだろうなと思うと、複雑な気持ちになります。


うちの両親も、石巻に帰りたいと思っていて、今は、仮説扱いのアパートに住んで、
復興住宅の完成を待っているのですが、完成予定が、あと2年くらい先だそうです。

でも、復興工事全体が、ものすごく遅れているので、あと何年待つことになるのかと思うと、
不安な気持ちで、心が折れそうになることもあるそうです。

私が行くと、面白いことを言って、笑って、元気そうに振舞っている両親ですが、心の中では
東京オリンピックも決まったから、あと何年かで、復興工事は途中で引き上げられて、
オリンピックの工事に全部人員も持って行かれて、東北は見捨てられて、忘れられて
しまうんじゃないかな~と、ため息をついています。

復興住宅は、ほとんど出来ていなくて、仮設に住んでいる人が、まだまだ、たくさんいます。
震災から3年経っても、予定の1割弱しか完成していないそうです。
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ここは復興住宅の予定地の一つです。 
まだ地面の地ならしがされたり、地盤が軟らかい為、杭打ちをしている段階だと思われます。
ここから、建設が始まるまで何年かかるか分かりません。


時間が経つとともに、テレビも震災の事を、報じなくなって来ていて、
被災地の今の状況も、良いところしか伝えてないから、震災から3年も経つから
もう大丈夫でしょうって忘れられないように、風化しないように、これからも、
私は、現状を伝え続けて行かないといけないな~と感じています。




帰りに、石巻の道の駅「上品の里(じょうぼんのさと)」で、食事してきました。
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こちらはオリジナルキャラクター「お郷ちゃん」だそうです。
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旦那が、仕事で石巻に行った時に、食べて美味しかったという「金華サバの漬け丼」を注文。
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「金華サバ」は、黄金花咲くと伝説の島、「金華山」の近海で漁獲される、高鮮度で脂乗りが抜群
ご当地ブランドサバなのだそうです。
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焼いていないサバを食べるのは初めてでしたが、絶品でした~。


そして、子供の頃から大好きな「梶原もち店」さんのお餅を買って帰路に付きました。
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のが、宮城の名産「ずんだ餅」。黒が「ごま餅」で、白が「くるみ餅」です。
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3色それぞれ、どれも、とっても美味しかったです。





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まとめ
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