自宅の小さな庭での、植物や小動物、虫たちの営みや、日々の生活のあれこれを、徒然に書いてみたいと思います。

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

つぶやいてみた。
 NHKの連続テレビ小説「マッサン」を見てて、涙してしまった。
このドラマは結構泣けるシーンが多いんだけど、熊さんが
奥さんの笑った顔を見たくて一生懸命働いてお家建てたのに、
それを見ることなく、流行病で死んでしまったと泣いているシーンを見て
人生ナカナカうまく行かないことが多いよね、とジーンと来た。

というわけで、(←どういうわけだろう。笑)久々のつぶやきです。
ちょっと長いけど、書いてみたくなりました。


 人生は、いつも順風満帆というわけではない。
山があったり、谷があったりする。
何をしたから何を得られるとか、良いことをしたから望みがかなうとか、
頑張った分だけ何かがつかめるとか、そういうことがあるわけではない。
人生には波があって、良い波も、ひどい波もあって、でもそれに理由はなくて、
ただ次々と、波がやって来続けるだけだ。
それが、どんな大変なことだとしても、避けることは出来ない。
嫌だと文句を言っても、結局、受け入れざるを得ない。
ただ意味もなく、自分の目の前で何かが起こっていて、
たんたんと、人はそれを受け入れて生きていく。
それが人生というものなんだなあと、最近思った。

世の中には、理不尽なこともいっぱいあるし、毎日何が起こるかわからなくて
不安に思ったり、いつか人生が終わる日も必ずやってくるけど、それは、お金が
たくさんあっても、地位が高くても、皆から尊敬されるような人であっても同じだ。
そういう意味では、誰しもが平等なのかもしれない。


人生は、これまで、私にとって、とても、生きづらいものだった。
いつも、周りの誰かとか、こうあるべき自分と見比べて、現実の自分の
劣っているところを、自分でも気が付かずに探して、攻撃して、落ち込んで、
それでも、いつか理想の自分になれるようにと、毎日を懸命に生きていた。
だけど、努力しても努力しても、うまく行かなくて、答えを探しても、頭の中で、
思考がグルグル回るだけで、何も見つけることが出来なかった。
苦しくて、苦しくて、苦しかった。
自分が嫌いで、誰か別の人になりたいとさえ、思った。

苦しくてもがいていたある日、本を読んでいて,
「頑張った自分を褒めてあげよう」という言葉を見つけて、涙が出た。
何かに許された気がして、ちょっとだけ楽になった。
そして、自分は、もう他の人になろうとしなくていいんだと、ふいに気が付いた。

また別のある日、自然災害で、死ぬかもしれないと覚悟を決めた時に、
事実を受け入れて、だけど、最後の瞬間が訪れるその前に、自分に出来る
最善を尽くそうと決めた瞬間、何故だか急に心が澄んで、何も怖いことが
なくなってしまった。
一時的ではあったけど、この経験で、心の中の、何かが変わった気がした。

時々、何か大事なことをつかんだ気がすることもあるけれど、
実際には特に何も変わらず、日々を過ごしていて、だけど、
何が起こっても大丈夫だという安心感が、最近は、ある、
・・・ような気がする。笑

毎日、起こることが、理由もなく、ただ、起こっていて、避けることも出来ないし、
ただ受け入れて生きていくことしか出来なくて、不安要素もあるけれど、
そういうものだと認めてしまえば、人生とはそういうもので、明日は
何が起こるか分からないことも覚悟して、起こるすべてを受け入れて、
その中で、自分に出来る精一杯を尽くせばいいやと思ったら、
何だか、生きるのが、だいぶ、楽になってきた。


人は、何かを手に入れたり、何かを成し遂げようとしたり、高い地位やお金を
目標にして、人生を突っ走っている人が多いと思うけど、自分のイメージする
ゴールというものは、どこまで走っても、本当は見つからないものなのかもしれない。

そして、生きていく中で、目の前で自分に起こることが気に入らなくて、
必死で抵抗して、何とかしようと、人は、もがくものだと思うけど、
人生に抵抗しているうちは、何も変わらない気がする。

人生って、理由もなく、ある日突然何かが起こって、どんなに嫌なことでも最終的には、
避けることが出来なくて、自分でコントロールすることも出来ないんだから、抵抗しても
意味がないと気が付いて、最善を尽くして、後は天に丸投げするしかない、
そういうものなのかもしれないと、思い始めた今日この頃。 
変な焦燥感は、だいぶなくなって来た、かな。


苦しかった時代と、ほとんど何も変わってないけど、今は毎日が楽しいし、幸せだと思う。
相変わらず、おっちょこちょいだし、太っちょだし、ダイエットは成功しないし、鏡を見ると
悲しくなるし、年のせいか体の故障も増えてるし、悩みもあるし、貯金も中々増えないし、
文句も色々あるんだけど、嫌なことも全部そのままで幸せって、何だか不思議な感じ。
人間って面白いね。


スポンサーサイト

タイヤ交換中に考えたこと。
 だいぶ寒くなってきました。
もう雪が積もっている地域もあるんですものね・・。 冬ですね。

うちの方でも、昨日、初氷・初霜を観測したそうで、今朝も、通勤前の旦那の車の
フロントガラスが凍っていて、お風呂のお湯をかけて溶かしてから、出かけて行きました。

(こちらは、こぼれ種から秋口に芽を出して花を咲かせている夏の花、ボリジ。)
IMG_9627_convert_20141120120418.jpg
私も昨日、車のタイヤを、ディーラーに頼んで交換してもらいました☆
もうそろそろ、こちらでは、雪がいつ降ってもおかしくない感じなのですが、
これでとりあえず、一安心です。
IMG_9629_convert_20141120120439.jpg
(こんな寒い季節にも、精一杯お花を咲かせる姿に、ちょっと感動します)


そして、タイヤ交換してもらっている間に、料理雑誌を読んで待っていたのですが、
その雑誌のあるページに、家計の見直しについての相談記事が載っていました。

ある40代の家計診断で、旦那さんは会社員、奥さまは専業主婦で、貯金が
1000万円貯まっているというお宅でした。 「ヒョエ~、1000万!? スゴイな!!」
驚き桃の木です。 みんなそれくらい貯めてて普通なのかな?

さっきまで、気分はルンルンだったのが、急に不安になってきた・・・。
私がお金を貯めるのが上手でないから、うちは貯金が少ないんだって、
思わず凹んじゃいました・・・・。  旦那さん、ごめんね・・・。
年に幾らずつ貯めていれば、このくらいになるのかな、なんて計算したりして・・・。


・・・・でも、少し考えてから、「いやまてよ」、と思い直しました。
私はお金を貯める能力に、だいぶ欠けていると思うけど、時々美味しいものを食べたり、
どこかに出かけたり、そういうことに使ってる分のお金は減ってるのかもしれないけど、
それで幸せな気持ちを、たくさん貰ってるもんな~ということを。
その幸せ感は、お金では換算できないものかもしれないと。

もちろん、お金はたくさんあるに越したことはないんだけれど、もっともっと貯めないとって
毎日そればかり考えてたら、私は、その日一日を、幸せ感を持って過ごせるかな、って。

それに、未来は変えることが可能だけど、過去は、どうやったって、変えられない。
だったら、変わらない過去を「ああだったら、こうだったら」と考えて悩むよりも
今、自分の目の前に与えられていることに感謝する方が、人生百倍楽しいかも。

今の時代、明日に何があるか、分かんない世の中だもんね。
ちゃんと、感謝して、楽しく使ってるし。 (…なんて言い訳か・・・。)  
毎日何がなくとも生きてるだけで幸せで、たとえ明日に死んだとしても、後悔はないもの。
だから、ま、いっか~・・。

・・というわけで、落ち込み終了。

日常の幸せに感謝しつつ、やっぱり、お金は貯まれば嬉しいな~と
思っては、いるのですが・・。笑
過去は変えられないけど、未来は変えられ得るからね。
何を以て幸せと考えるかとか、人それぞれだし、
自分に出来る範囲で、努力することにしましょう・・。



しかし、お釈迦様は「人生は皆苦」だよって、言われたそうですけど、
人それぞれ、いくつになっても、悩みは尽きませんね。

昔は、本を読んだり、誰かに学んだり、自分の考え方を変えたりすれば、
いつか悩みが一つもなくなって、全てが幸せばかりになるって思ってたのですが、
悩みがなくならないのは、自分の努力が足りないのかもって思っていたのですが、
どんなに本を読んでも、努力しても、未だ、どこにも辿りつけてない感じで。
いつか、どこかに辿り着けるんだろうか・・・なんてね。

でも、最近、自分がこれまで歩いてきた道は、もう変更できないし、
実は初めからこうなるようになっていて、人生で起こった、良いことも、
そうでないことも、全てOKなんじゃないかな、と思うようになったら、
何だか以前より気持ちが楽になって来たのでした。

悩みはなくならなくても、幸せなこともたくさんあるし、
色々凹むことが多かったりしても、でも、今の自分のままで、
幸せであることも出来るなって、今思いました。

苦しみはなくなることがなくても、そのままで、幸せであることが出来る。
これってスゴイことかも。
日々の「楽しい」を積み重ねたら、人生±(プラマイ)オールハッピーな感じもするし。
そう考えたら、生きてくことも、結構楽しいかな。ヽ(^。^)ノ


 追伸:コメント欄は、しばらくお休みします。




心の梅雨開けは・・。
 今年は、変なお天気が続いていて、日本海側では猛烈な雨が降って、大変なことになっています。
被害に合われた方にお見舞い申し上げると共に、早く普通の生活に戻れることを、祈っています。





 お久しぶりでございます。

ここしばらく、お天気の調子も良くないからか、腰の調子が思わしくなくって、
あまり動かないようにして過ごしていました。
・・・いわゆるギックリ腰ですな~。笑
養生しても、なかなか治らず・・。

そして、何だかココロもウツウツとして、気分もイマイチなのでした・・。
お天気悪かったからね、しばらく、青空と太陽、見てなくて。
最近梅雨明けしたけど、今日も曇り空。
庭にも全然出てなくって、何となく元気が出ない感じ・・。

もう少ししたら働かなくっちゃ、と思いつつ、今は、まだ働いていないし、
もっと周りの人の力になりたいと思っても、何にもしてあげられてないな、と感じるし、
何となく、どこから来るのか分からない罪悪感に蝕まれてる感じで、気が付くと、
はあ~っと、ため息をついていたりする・・・。

でも、しばらく、イモムシのような生活を送って、腰も少し良くなってきたような気もして、
本当に数日ぶりに外に出てみたら、ちょっと清々しい気分になって、腰も、ちょっと
良くなったような気がする、かな。笑


どんな状況になれば、元気が出て、自分の生き方に満足できるのかな、と考えてみる。
働くこと、バリバリ働くことは、もう少ししてからと思っているのだけど、昔、割と
バリバリ働いていた頃にも、満足は出来てなかったな~。
毎日、日々、反省、みたいな。

昔からそうなんだけど、自分で自分のハードルを勝手に上げて、出来てないって
苦しむタイプなのね・・。・・・クスン・・。


今は、少しでも周りの人の力になって、周りの人々をもっと幸せにしてあげられたら、
と思うけど、一人の人間に出来ることには限界があって、それに、こちらが一生懸命、
相手の幸せを考えて動いたとしても、相手が心から喜んでくれたり、幸せな気分に
なったりしてくれる、とは、限らないよね~・・・。

人の幸せって、誰かが誰かを幸せにしてあげることは、本当には出来なくて、
自分を幸せな気分にしてあげられるのは、本人だけなんだな~と、実感したのでした。

今は、出来る範囲で、自分なりに、一生懸命にやってるつもりだけど、そして、
出来るだけ、毎日を楽しんで、ゆったり生きていきたいと思うんだけど、その反面、
自分だけがノンビリしてて、周りの人に悪いような、このままではいけないような、
胸の奥が、キシキシする感じが、毎日毎日、積もっていくような、そんな感じで。

たくさんの思いを背負って、この先、生きていくことは、もちろん承知なんだけど、
前を見て、笑いとばして生きようと思ってるんだけど、周りの人達も笑顔で頑張ってるけど、
時々、人々の色んな思いや、進まない復興、だんだん衰えてくる健康状態などを目にすると、
何だか重たいなあって、ちょっと荷物を下ろしたくなる。

勝手に背負ったつもりになってるだけで、余計なお世話というヤツで、私がちょこっと
悩んだところで、解決できる問題ではないんだけど・・・。


「震災さえ来なければ・・・ね。」みんな、そう言う。
私も、本当に、そう思う。
だけど、震災は、おきてしまった。
失われた家、失われた命。
でも、それを受け止めて、前を向いて生きていかねば。
分かってるけどね、でも、あれから、まだ2年ちょっとだからね。
心の整理は、みんなナカナカ出来ないよね。

親たちは、故郷に帰りたいんだって。
別の土地は、どんなに良い所でも、「終(つい)のすみか」ではないんだって。
そして、本当は、なくなってしまった「あの家」に帰りたいんだって。

そりゃ、私だって、返せるものなら、返してあげたいよ。「あの家」に。
だけど、そんなことは、神様だって、出来ないし。

せめて、故郷で、少しでも早く暮らせるようになったらって思うけど、
復興住宅の建設は、全然進んでないし・・。

親は、この間、テレビのニュース番組に出てた偉そうな人が、「阪神大震災の教訓から、
復興住宅を作っても、老人は、みんなあと何年かで、いなくなっちゃうから、急いで
復興住宅を作ることはない。」って、言ってたんだって、怒ってた。

その人は、自分が同じ立場になったとしても、そう言うんだろうか・・。

たくさんの人々が、2年ちょっと経っても、仮設住宅や仮設扱いのアパートに住んだまま。
もう忘れられちゃったかなって、明日への希望さえ、しぼんで来ちゃっても、仕方ないよね。


いつになったら、本当に晴れ晴れとした気持ちで暮らせるのだろうか。
そんな日が、来るのだろうか。
開けない朝はないというけれど。


この間、ギックリ腰になる前に、宮崎駿さんの映画「風立ちぬ」を見てきた。
関東大震災と戦争の時代を生き抜いていく人々の話だった。
この映画については、色んな意見があると思うけど、ポスターにも書いてあるけど、
私は、「生きねば。」という言葉が、やっぱり、心に響いた。
2.jpg
何だか色々疲れてきちゃって、それでも「生きるんだよ」って、
誰かに、そう言って背中を押して欲しかった、のかもしれない。


疲れたら、休みながら、荷物も時々下ろしながら、
それでも前をむいて、「生きねば。」だね。




方言の力
 今朝、NHK「あさイチ」を何気なく見ていたら、今日のお題は
「方言」についての話題でした~。221564.gif


朝の連続テレビ小説「あまちゃん」「じぇじぇじぇ」が話題で、言葉の感じが可愛いと、
今、流行語のように、みんな使っていることや、東日本大震災で避難している人々が、
方言を使うことで、故郷に帰ったようにホッとできたり、連帯感を持てたりと、
人々を癒しているという話題について触れていました。310026.gif


そういえば、うちの親も、父は(私も)、昔からムッチャ訛ってるんだけど、
母は、昔は訛ってなかったのに、最近、訛りが激しくなって、不思議だな~と思っていたのだけど、
そっか、そういう思いもあるのかな~と、しみじみ思ったりもして。272635.gif


私はといえば、生まれも育ちも宮城県の石巻で、父母の実家は岩手に近い三陸の方なので、
良く遊びに行っていた私は訛りが凄くって、若い頃は直そうと思ったこともあったけど、
一向に治る気配もなく、今はあきらめて、「それも味かな~。」なんて思っています。416319.gif


もちろん、普段は標準語で話しているんですけど、だんだん親しくなってくると、まず、言葉に
濁点が付き始めて、そのうち、イントネーションが変化、訛りも出てきて、標準語しか話さない
親しい友達にも、うつってしまうという、強力な感染力です・・・。笑88246.gif




宮城の方言といえば、番組でも話していましたが、「いずい」という方言
何の事だかわかるでしょうか。153371.gif


パンツがお尻に食い込んで変な感じが「いずい」。
背中がムズムズ痒い時も「いずい」。
靴下の中にゴミが入って、チクチクする感じも「いずい」。
知らない人の中に入って、居心地が良くない時も「いずい」。

痒い、チクチク、もぞもぞ、納まりの悪い感じも、
中途半端で落ち着かない感じも、みんな「いずい」。
色々使える単語なんだけど、標準語で表現できる言葉が見つからない
絶妙な、これしかない、便利な言葉です。548342.gif




あと、うちの父が良く使う方言232323.gif

「ゆー、へっこ。」は、「ゆー(私の名前)、早く来いよ。」

「けー。」 「くー。」 ← これは会話
「けー。」が食べなさい(食え)で、「くー。」が食べます(食う)。

「目」は、「まなぐ」。
「膝」は、「しじゃかぶ」。
「額」は、「でんび」。
「怒る」は、「ごっしゃぐ」。
「恥ずかしい」は、「おしょすい」。
「疲れる」は、「がおる」。

・・・などなど。227525.gif



震災以来、方言の唄も、ラジオで良くかかっていて、
今ハマっているのが、ご当地ヒーローの唄59753.gif
未知ノ国守(みちのくにのかみ)「ダッチャー」。270246.gif

「だっちゃ。」は語尾につける言葉で、「~だよね。」って感じです。321924.gif


もうひとつ、ハマってるのが「ダッチャー」の敵、「ヤンダ―軍団」の唄424492.gif

「やんだ」「嫌だ」という意味で、無気力な歌なのですが、普段よく使う方言が
出てきたりして、何だか笑えて、良い感じに力が抜けるというか、気に入っています。493302.gif


「絆」とか「頑張ろう」もいいんだけど、「頑張る」のも、ちょっと疲れて来たっていうか、
この歌を聞くと、何故か少しホッとするんですよね~。361590.gif


「ダッチャー」の唄は、私の母が、ラジオで聴いて、とても気に入っていたから、
CDをプレゼントしたら、喜んでショッチュウ聞いているみたいです。
方言が懐かしくて、クスッと笑えて、ちょっと元気が出るみたい。311947.gif




↓ どうぞよろしくお願いします。
にほんブログ村 花ブログ 自己流ガーデニングへ
にほんブログ村


↓ 出来れば、こちらもよろしくお願いします。



↓ いつもありがとうございます。
FC2Blog Ranking





愛と人生について。笑
普段、あんまり「愛について」とか考えたりしないけど、
ふと考えてみたら、面白いな~と思ったので、書いてみることに、しました~。 




愛ってなんだろう・・・。 

「あなたにとって、愛って何?」って言われたら、みんな何て答えるんだろう~・・
・・なんて思ったら、興味津々、面白くなってきたのでした。

きっと色んな愛の形があるよね。
自分が愛した分だけ、いや、それ以上に帰って来ないと気が済まない、とか、
いえいえ、与えるだけの愛が素敵ですって人もいると思う。




私は、・・・前はね、与える愛と貰う愛は一緒が良いなって思ってたの。
与える愛=貰う愛。
プラスマイナスゼロ。

今はね、年を取ったのかな、「どっちでも良いや」ってのが正直な気持ち。 

何かね、自分が勝手に愛することの方が、愛されることを待つことより楽かなあ~って。
いや、もちろん周りの人々から愛はたくさん貰っているのですが。
自分のスタンスとして、ということなのですけどね・・・。






たぶん人によって愛の形は色々で、それで皆、色々悩んだりもするんだと思うけど、
どれが正解ってのも特にないのかなって気もするかな。

色んな人がいて、生まれも環境も育ち方も、それぞれに違っていて、親の考え方も
それぞれだから、同じ考え方の人がいるってことの方が、珍しいのかもしれない。
子供の頃は、良い悪いでなく、親の考え方が一番正しいって思うものだと思うし、
知らないうちに脈々と受け継がれるものもあって、その考え方に疑問を持ったり、
それをある日、白日の下にさらして、自分にとって、それが本当に良いものかどうかって考えて、
作り変える作業をする、なんて、普通の人は、あんまり思いつきもしないことかもしれない。
学校では教えてもらうことの出来ないことだし。




・・・ということをツラツラ考えているうちに頭の中は、「人生について」ということに
変わりつつあるなあ~。 ・・・ので、ちょっと変更~・・・。(すみません。) 




人生って、表向き、物質的な幸せを求めて生きていて、お金があることとか、家があること、
車を所有することだったり、素敵なパートナーがいて、利発な子供がいて、ステイタスとか、
そういうことが良いことだって思って、みんな追いかけているけど、私もそれを否定しないけど、
そういう現実生活というものが、まず、あって。

でも、内面的な問題ってのもあって、表面上、誰から見ても幸せに見えてる人が、
本当に幸せを感じているかというと、そうでないことも、多々あると思うのね。
お金があっても買えないもの、手に入らないものが、きっとあって、それは、
自分の内面を磨くことでしか手に入らないことってあるんだと思う。良い悪いではなくて。
だから、究極的には、人は、自分自身の内面が安らぐ方向へ、だんだん進んで行きたいもの
なのじゃないかという気が、最近すごく、しています。
その形には、やはり正解というものはなくて、個人個人の性格や良いと感じるものも、
人それぞれだから、それぞれのニーズも、色々在っていいんだと思う。
要は、自分が納得できるかどうか、なのかな。

そういうことに、気づかずに一生を終える人も、もちろんいるだろうし、特に内面的に
どうとか考えてなくても、それを知らず知らずのうちに習得している人もいるでしょう。
努力して、苦労の末に、何かキラリと光るものを身に着けた人もいると思うけど、
それを人に同じように伝えられるかというと、難しかったりするんだろうな~・・・。 





前に、誰かが「人生はダブルスタンダードだ」って話していたのを聞いたことがあります。 
テレビで見たのかな。 私的には、ふむふむ、その通りだな~って思った。
それを見た時より、今の方が、もっとそう感じるかな。


表の成功と、裏の感情の充足。 
一般常識と、自分の本当の気持ち。
そういう意味での、ダブルスタンダード。


だけど、周りの人からどう見える、とかではなく、自分は本当は何を求めていて、
どうすることが一番心地よい生き方なのか・・・。

欲しいと思っているものは、実は自分には何かが足りないと思っているから、
それを埋める為に必要と思っているだけではないのか、とか、
人からどう思われるかが気になるからではないのか、とか、ちょっと
幽体離脱みたいな気持ちで、自分を上から眺めて考えてみたら、
面白いかも知れない。

自分が本当に望んでいることは何なのか。 

それを「俯瞰」で感じながら、ノンビリ生きていけたら、もっと心が楽なまま、
生きていけるような気がするんだけどな~・・・。 

いつも落ち着いて、自分の人生を、客観的に「俯瞰」で見れるって、
ナカナカ出来ないことだし、きっと難しいと思うけどね~・・・。
 





↓ どうぞよろしくお願いします。
にほんブログ村 花ブログ ナチュラルガーデンへ


↓ 出来れば、こちらもよろしくお願いします。



↓ いつもありがとうございます。
FC2Blog Ranking




Copyright © mon petit jardin(モン・プチ・ジャルダン) ~庭仕事の喜び~ ゆーさんの庭日記. all rights reserved.
まとめ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。